ずっと、タイミングを探していた。
言おうと思えば、何度でも言えたはずなのに。
帰り道も、何気ない会話の流れも、いくらでもチャンスはあった。
それでも言えなかったのは、
今の関係が壊れるのが怖かったからだ。
里帆とは、いつも自然に隣にいられる距離だった。
笑うタイミングも似ていて、
沈黙すら心地いいと思えるくらいには、近かった。
だからこそ、失うのが怖かった。
卒業旅行は、その“最後のチャンス”のはずだった。
仲の良い三人での旅行。
何も変わらないようでいて、もう二度と同じ時間は来ない。
そう思ったから、決めていた。
——この旅行で、伝える。
友人も、それを知っていた。
「今回こそ、ちゃんと行けよ」
軽く笑いながら背中を押してくる。
応援してくれている。
そう思っていた。
少なくとも、あの時までは。
夜、部屋に戻った後も、
なかなか言い出せなかった。
何気ない会話の延長で言えばいい。
それだけなのに、喉が詰まる。
タイミングを見ているうちに、時間だけが過ぎていく。
「ちょっと外の空気吸ってくる」
そう言って部屋を出たのは、
ただ逃げただけだった。
戻ってきたとき、空気が違った。
静かなはずの廊下に、
どこか落ち着かない気配が残っている。
扉の向こうから、かすかな物音。
最初は気のせいだと思った。
でも、違った。
開けるべきじゃなかったのかもしれない。
それでも、手は止まらなかった。
ほんの少しだけ開いた隙間から見えた光景で、
全部理解してしまった。
頭が真っ白になる、というよりは、
妙に冷静だった。
「ああ、そういうことか」
って、どこか他人事みたいに納得している自分がいた。
僕が迷っていた時間。
躊躇していた分だけ、
誰かはちゃんと動いていた。
それだけの話だった。
里帆は、気づいていたはずだ。
僕がどう思っているか。
言葉にしなくても、伝わっていたはずだ。
それでも彼女は、選んだ。
僕じゃない方を。
目が合った気がした。
でも、すぐに逸らされた。
気づいていないふり。
あるいは、見ないことにしたのかもしれない。
どちらにしても、同じだった。
そこに僕の居場所はない。
「なんで…」
声には出さなかったけど、
頭の中では何度も繰り返していた。
先に好きだったのに。
ずっと隣にいたのに。
その全部は、何の意味もなかったみたいに消えていく。
悔しさと、怒りと、どうしようもない感情が混ざる。
でも一番大きかったのは、
“まだ好きだ”という事実だった。
見たくなかったものを見ても、
それでも消えない。
むしろ、歪んで強くなる。
もう戻れない。
あの頃の関係にも、
ただ笑っていられた距離にも。
それでも、完全に切ることもできない。
近くにいるほど苦しくて、
離れればそれ以上に空っぽになる。
気づけば、考えている。
どうすれば取り戻せるのか。
どうすれば、もう一度こっちを見てくれるのか。
そんなこと、意味がないって分かっているのに。
「俺の方が先だったのに」
その言葉は、結局最後まで口にできなかった。
言ったところで、何も変わらないから。
選ばれなかった理由を、
自分で突きつけるだけになるから。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
好きだった気持ちは、
あの瞬間で終わったわけじゃない。
形を変えて、残った。
もっと重くて、もっと厄介なものに。
もう“ただの好き”じゃない。
執着に近い感情。
手放した方がいいと分かっていても、
どうしても握りしめてしまう。
卒業旅行は、思い出になるはずだった。
でも残ったのは、
忘れられない夜と、消えない感情だけだった。
もしあの時、言えていたら。
そんな“もしも”ばかりが浮かぶ。
でも現実は変わらない。
選ばれなかった事実だけが、残る。
それでも——
まだどこかで、諦めきれていない自分がいる。
壊れた関係の中でさえ、
可能性を探してしまう。
きっとこれが、
一番厄介な“好き”の終わり方なんだと思う。


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