彼女は、いわゆる“放っておけないタイプ”だった。
年下で、感情の振れ幅が大きくて、
少しのことで笑うし、少しのことで不機嫌になる。
最初はそれが可愛いと思っていた。
「ねえ、今日泊まっていい?」
軽い調子で言うくせに、
断られるなんて一切考えていない顔をしている。
そんな強引さも、どこか愛嬌に見えてしまうのが不思議だった。
その日も、彼女はいつも通り部屋に来た。
コンビニの袋をぶら下げて、
「お腹すいた〜」なんて言いながら、勝手にくつろぎ始める。
だけどその日は、少し事情が違った。
どうしても終わらせなきゃいけない課題があった。
「ごめん、ちょっとだけ集中させて」
そう伝えると、彼女は一瞬だけ黙った。
「…どれくらい?」
「1時間くらい」
その“1時間”が、彼女にとって長すぎることを、
その時の俺はまだちゃんと理解していなかった。
最初の10分は静かだった。
スマホをいじったり、ベッドに寝転んだりして、
いつも通り時間を潰しているように見えた。
でも、20分を過ぎたあたりから様子が変わる。
「ねえ、まだ?」
声が少し低い。
「もうちょっと」
そう答えると、彼女は何も言わなくなった。
その“何も言わない時間”が、一番怖い。
空気が少しずつ重くなる。
気づいたときには、すぐ隣にいた。
椅子の背もたれに腕を回して、
顔を覗き込んでくる。
「ねえってば」
距離が近い。
さっきまでの空気とは違って、
どこか不安を含んだ目をしている。
「今やってるから」
そう言いながらも、集中できていないのは自分でもわかる。
彼女の存在が、近すぎる。
「ねえ、私より大事?」
その一言で、完全に手が止まった。
責めているわけじゃない。
でも、試されているような気がする。
「そんなわけないだろ」
そう返すと、彼女は少しだけ安心したように笑った。
でもそれは、ほんの一瞬だった。
「じゃあ、ちょっとだけいい?」
その“ちょっとだけ”が、
いつも長くなることを俺は知っている。
結局、課題は中断した。
彼女は満足そうに、すぐ隣に収まる。
さっきまでの不機嫌はどこへいったのか、
まるで別人みたいに穏やかになる。
「やっぱり、こうしてるのが一番落ち着く」
ぽつりと呟くその声は、
どこか本音に近い響きだった。
彼女は、常に“繋がり”を求めている。
言葉でも、距離でも、時間でもいい。
とにかく、離れている感覚に耐えられない。
それがわがままなのか、弱さなのか、
正直まだよくわからない。
ただひとつ言えるのは、
それを向けられているのが“自分”だということだった。
「ねえ、ちゃんとここにいてよ」
何気なく言うその一言が、やけに重い。
ただ同じ空間にいるだけじゃ足りない。
ちゃんと“向き合っているか”を確かめてくる。
その確認がないと、不安になる。
だから求める。
何度も、何度も。
気づけば、ペースは完全に彼女に引っ張られていた。
最初は“少しだけ”のつもりが、
いつの間にかそれが当たり前になる。
でも不思議と、嫌ではなかった。
むしろ、必要とされている感覚が
どこか心地よかったのかもしれない。
「ねえ、離れないよね?」
何気ないタイミングで、そんなことを聞いてくる。
軽い口調なのに、目は真剣だ。
「…どうした急に」
「なんとなく」
その“なんとなく”の裏にあるものを、
考えないふりをするのは簡単だった。
でも、たぶん彼女はずっと不安なんだと思う。
だから、確かめ続ける。
何度でも。
課題は結局、その日は終わらなかった。
でも代わりに、ひとつわかったことがある。
彼女にとって大事なのは、
“何をしているか”じゃない。
“誰とどう過ごしているか”だ。
少しでも離れると揺れる。
でも、近づけば満たされる。
その繰り返し。
不安定で、でも妙にリアルな関係。
正直、楽じゃない。
自分の時間も削られるし、
振り回されることも多い。
でも——
それでも離れないのは、
きっとこっちもどこかで求めているからだと思う。
甘えなのか、依存なのか。
その境界線は、もう曖昧になっていた。
ただ確かなのは、
“この距離感に慣れてしまったら、もう元には戻れない”
ということだった。


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