「覚えてる?」
その一言で、時間が一気に巻き戻された気がした。
駅前の人混みの中。
偶然すぎる再会。
変わったようで、何も変わっていない笑顔。
「25歳になったら結婚しようねって言ってたの」
そう言って笑う彼女は、
昔と同じようでいて、どこか大人になっていた。
10年前。
まだ何も知らなかった頃、
ただ一緒にいるのが当たり前だったあの頃。
未来なんて深く考えずに、
軽い気持ちで交わした約束。
でも、その言葉だけは
なぜかずっと頭の片隅に残っていた。
現実は、想像していたものとは違う。
彼女には彼氏がいて、
僕にも、守るべき関係がある。
それぞれの生活があって、
それぞれの時間を重ねてきた。
だから本来なら、
再会したとしても懐かしんで終わるはずだった。
「ねえ、あの場所…行かない?」
不意にそう言われて、少しだけ戸惑った。
あの場所。
昔、よく二人で遊んでいた
あの小さな公園。
約束を交わした、あのベンチ。
「ちょっとだけ」
軽く言うけど、その言葉の奥にあるものを
感じ取ってしまった。
夕方の空は、少しだけ赤く染まっていた。
人の少ない公園。
懐かしい景色。
変わっていないものと、
変わってしまったもの。
その両方が、静かにそこにあった。
「ほんとに来ると思わなかった」
彼女はそう言って、少しだけ笑う。
でもその目は、どこか真剣だった。
「でも、来てくれて嬉しい」
その一言が、妙に重く感じる。
「ねえ、今でも覚えてる?」
ベンチに座りながら、彼女が聞く。
「忘れるわけないだろ」
即答した自分に、少しだけ驚いた。
そんなに大事にしていたつもりはなかったのに、
ちゃんと残っていた。
「私ね、たまに思い出してたよ」
遠くを見るような目で、彼女が言う。
「もし本当に、あの約束通りだったらって」
その言葉に、返す言葉が見つからなかった。
風が少しだけ吹く。
静かな時間。
何も言わなくても、
空気が伝わるような感覚。
昔と同じなのに、
意味だけが変わっている。
「ねえ」
彼女が、少しだけ距離を詰める。
「今日だけ、いいよね」
その言葉は、確認じゃなかった。
もう決めている人の声だった。
理性は、止めるべきだと言っていた。
でも、それ以上に強かったのは、
ずっと残っていた感情だった。
言葉にできなかった想い。
伝えなかった後悔。
全部が、この瞬間に重なってくる。
「ずるいよね、私たち」
彼女が小さく笑う。
「でも、こうなる気がしてた」
その言葉に、否定はできなかった。
その日の時間は、どこか現実感がなかった。
過去と今が混ざり合って、
境界が曖昧になる。
あの頃の続きのようで、
でも確実に違う。
「もしさ」
帰り際、彼女がぽつりと呟く。
「もっと早く、ちゃんとしてたらどうなってたかな」
その“もし”に、意味はない。
それでも考えてしまう。
違う未来があった可能性を。
「でも」
彼女はすぐに続ける。
「今だから、いいのかもね」
少しだけ寂しそうに、でも納得したように笑う。
駅までの帰り道。
もう言葉は少なかった。
さっきまでの時間が嘘みたいに、
現実が戻ってくる。
「またね」
その一言が、すべてを物語っていた。
続きはない。
でも、終わりでもない。
そんな曖昧な関係。
振り返らなかった。
振り返ったら、戻れなくなる気がしたから。
10年前の約束は、
形を変えて果たされたのかもしれない。
完全じゃない。
正しくもない。
それでも確かに、
あの時の続きを生きた。
夏の終わり。
少しだけ苦くて、でも忘れられない一日。
きっとこれが、
“選ばなかった未来の残り香”なんだと思う。


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